今や国民的な歌ともいえる「上を向いて歩こう」を歌ったのはご存知、川崎市出身の坂本九さん。惜しくも22年前に飛行機事故で亡くなったが、その笑顔はいまでも多くの人々から愛され続けている。そうした九さんの歌と温かい人柄を受け継いでいこうと、3年前に一つのグループが川崎で生まれた。「ママ
エ セフィーユ」。フランス語で「ママと娘たち」の意味で、メンバーは九さんの妻で女優の柏木由紀子さん、長女で歌手の大島花子さん、二女で女優の舞坂ゆき子さん。ステージは坂本九さんの往年のヒット曲を中心に、映像で参加する九さんとの4人のデュエットや愛娘のダンスなど、心温まる構成となっている。12月に行われるコンサートの打ち合わせの合間に3人に集まっていただき、あらためて九さんの思い出や「ママ エセフィーユ」の活動などについてお聞きした。
---- 家庭の中の坂本九さんはどんな方でしたか。
柏木 みなさんがテレビでご覧になっている姿と全く同じでした。一緒にいると楽しいし、周りの雰囲気がとても温かくなる。一人になりたい時もあったでしょうが、いつも家族と付き合ってくれました。仕事は忙しかったのですが、お正月や夏休みなどにはスケジュールを調整して家族旅行をしたことが思い出されます。
大島 それでも子どもたちのわがままは許さない、といった厳しい面もありました。家族の間に「約束事」があって、例えば大人の話に子どもが口を出すと怒られたりしました。
柏木 毎年、お正月には川崎の実家に親せきが集まり、みんなで川崎大師に初詣に行きました。川崎は下町っぽくて、人情のある町でした。
---- 川崎でのエピソードなどあればお聞かせください。
舞坂 一昨年、父と佐藤惣之助さんの功績を記したプレートの除幕式出席のため、父の母校の川崎小学校を訪れ、全校生徒と「ともだち」を大合唱しました。いつまでも父の歌をみんなが歌い継いでくれるのが非常にうれしいですね。
大島 以前、川崎郵便局のイベントに出演した際、ご一緒した方に「九ちゃんと一緒に柔道をやっていた。強かったよ」など、思い出話を聞くことができました。
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| 「坂本九さんの歌を歌い継いでいきたい」と語るママ エ セフィーユの家族3人。柏木由紀子さん(中央)、大島花子さん(右)、舞坂ゆき子さん(左) |
---- 「ママ エ セフィーユ」のことをお聞かせください。
柏木 2004年、ミューザ川崎シンフォニーホールのこけら落としシリーズとして「坂本九音楽祭」が開かれ、そのときに親子三人で主人の歌を歌い継いでいこうと、「ママ
エ セフィーユ」を結成し、出演いたしました。
大島 「心の瞳」という、父の最後のレコードになった曲があります。10年ほど前に全国の中学生の間で合唱曲として広く歌われていることを知り感激しました。コンサートではこの曲を中学生と一緒に合唱するなど、「坂本九」を知らない世代にも坂本九の歌を伝えていきたい、と思います。それが、私たち「ママ
エ セフィーユ」のすべきことの一つと考えています。
---- 「坂本九音楽祭」が開催されたミューザ川崎シンフォニーホールに出演されてどうでしたか。
柏木 ホールは、音の響きも大変よくて素晴らしい施設ですね。こうした環境の中で、「坂本九音楽祭」を毎年できたらいいですね。

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| 仕事の合間をぬって、家族と楽しいひとときを過ごす坂本九さん |
---- 昨年、川崎でコンサートを開かれたそうですが。
柏木 12月に新しくできたラゾーナ川崎プラザソルでクリスマス・コンサートを4日間開きました。川崎のまちは大きく変わって驚きました。私たちのコンサートのために初めて川崎を訪れたというお客様からも「また、ゆっくり来たいわ」という声も聞かれました。
---- 川崎は、音楽を通じてうるおいと活力のあるまちづくりを目指す「音楽のまち・かわさき」を推進しているところですが、メッセージなどあればお願いします。
大島 「音楽をテーマにしたまちづくり」という考えは本当に素晴らしいことだと思います。私たちは父の音楽を通じて親子や家族のきずなの大切さを感じてもらえるコンサートを目指しています。音楽を通じてこそできることがきっとあるのではないでしょうか。
柏木 「ママ エ セフィーユ」のファミリーコンサートは、坂本九のふるさと川崎でスタートしました。これからも、川崎のみなさんとの触れ合いを大切にしていきたいと思っています。これからも川崎のみなさんの応援をよろしくお願いします。